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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)9053号 判決 1964年4月27日

原告 堀節治

右訴訟代理人弁護士 松本乃武雄

被告 安田正年

被告 小林敏春

右両名訴訟代理人弁護士 前田政治

被告 石井鋼材株式会社

右代表者代表取締役 石井英雄

右訴訟代理人弁護士 小原一雄

主文

(1)  被告安田は原告に対し、原告から金二五万円の交付を受けるのと引換に別紙目録記載の建物を明け渡せ。

(2)  被告安田は原告に対し、第一項記載の金員の交付を受けるのと引換に右建物について東京法務局練馬出張所昭和三六年一一月二四日受付第三九、七三八号を以て原告のためなされた所有権移転請求権保全の仮登記に基き昭和三六年一二月二七日予約完結による本登記手続をせよ。

(3)  被告安田は原告に対し、昭和三七年八月一日以降右明渡ずみに至るまで一ヵ月金一万円の割合による金員を支払え。

(4)  第二項記載の本登記手続が完了したときは、被告小林は原告に対し、右建物のうち六畳室および被告安田との共用に係る廊下、玄関、便所、台所を明け渡せ。

(5)  被告会社は原告に対し、原告が被告安田に第一項記載の金員を交付するのと引換に第二項の本登記手続をなすことを承諾せよ。

(6)  原告のその余の請求を棄却する。

(7)  訴訟費用はこれを一〇分し、その七を被告安田の負担とし、その各一をそれぞれ被告会社、被告小林および原告の各負担とする。

(8)  この判決は第一項および第三項に限り、原告において被告安田に対し金二〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一(双方の申立)

原告訴訟代理人は主文第三項同旨竝びに「(一) 被告安田は原告に対し、別紙目録記載の建物を明け渡し、かつ右建物について東京法務局練馬出張所昭和三六年一一月二四日受付第三九、七三八号を以て原告のためなされた所有権移転請求権保全の仮登記に基き昭和三六年一月二七日予約完結による本登記手続をせよ。 (二) 被告小林は原告に対し別紙目録記載の建物のうち主文第四項記載の部分を明け渡せ。 (三) 被告会社は原告に対し、原告が右(一)記載の本登記手続をなすことを承諾せよ。」

との判決竝びに建物明渡を求める部分につき仮執行の宣言を求め、

被告ら訴訟代理人は、いずれも請求棄却の判決を求めた。

第二(原告の請求原因)

(一)、被告安田は昭和三六年一〇月一一日原告との間に、同被告所有にかかる別紙目録記載の建物(以下本件建物という)およびその敷地五三坪を、左記約定で原告に売り渡す旨売買の予約を締結した。

(イ)  売買代金は金九五万円とし、原告は内金一五万円を予約成立と同時に、残金八〇万円は予約完結後所有権移転登記手続完了のとき支払うこと、

(ロ)  被告安田は昭和三六年一一月一〇日までに、右予約を完結しかつ本件建物について訴外住宅金融公庫のため設定してある抵当権設定登記の抹消および原告に対する所有権移転の各登記手続を完了し、右建物を原告に明け渡すこと、

(二)、そこで原告は被告安田から右建物について、東京法務局練馬出張所昭和三六年一一月二四日受付第三九、七三八号を以て前記売買予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記を経由し、他面被告安田に対し、前記予約締結の日に金一五万円を支払つた外、売買代金内金として昭和三六年一〇月一三日に金一万六、〇〇〇円、同年一二月一日に金四三万四、〇〇〇円、同年同月二七日に金一〇万円、以上合計金七〇万円を支払つた。

(三)、しかして被告安田は、右昭和三六年一二月二七日原告との間に前記売買予約を完結して本件建物の所有権を原告に移転したが、その際被告安田は即時右契約に基く義務を履行し得なかつたので、原告に対し、昭和三七年一月三一日までに、前記抵当権設定登記の抹消および原告に対する所有権移転登記手続および建物の明渡をなすべきことを約定した。

(四)、ところで原告が被告安田に対し負担する本件売買代金債務の未払残額は金二五万円であるが、原告は被告安田に対し左記(イ)(ロ)の二口合計二五万八、〇九二円の反対債権を有する。すなわち、

(イ)  被告安田は、さきに訴外住宅金融公庫から金員を借り受け本件建物に抵当権を設定していたが、原告は昭和三八年四月一五日右公庫に対し、被告安田の右借受金残額一九万八、〇九二円を完済し、その結果被告安田に対し右金員の償還請求権を取得した。

(ロ)  被告安田は、前記の如く原告に対し本件建物を昭和三七年一月末日限り明け渡すことを約したに拘らず、未だこれを明け渡さないから、同年二月一日以降右明渡ずみに至るまで賃料相当の損害金を支払うべき義務があるところ、本件建物の相当賃料は少くとも一ヵ月金一万円を下らないものである。したがつて原告は被告安田に対し、昭和三七年二月一日から同年七月末日まで六ヵ月分の損害金として金六万円の債権を有する。

しかして原告は被告安田に対し、本件口頭弁論(昭和三八年五月二三日第九回口頭弁論)において、右二口の債権合計金二五万八、〇九二円と前記売買代金の残債務二五万円とを対当額で相殺する旨の意思表示をしたので、原告の代金債務はすべて消滅した。

よつて原告は被告安田に対し、本件売買契約に基き、本件建物の明渡と昭和三七年八月一日以降右明渡ずみに至るまで一ヵ月金一万円の割合による損害金の支払、並びに前記所有権移転請求権保全仮登記の本登記手続を求める次第である。

(五)、被告小林は原告に対抗すべき権原がないのに拘らず、本件建物のうち六畳室を単独で、また玄関、廊下、便所、台所を被告安田と共同して、各占有しているので、原告は所有権に基き被告小林に対しこれが明渡を求める。

(六)、被告会社は、本件建物につき、それぞれ被告安田を債務者とする東京地方裁判所昭和三七(ヨ)年第一二八号不動産仮差押および同庁同年(ヨ)第三、七〇六号不動産仮差押の各決定に基き、東京法務局練馬出張所昭和三七年一月一七日受付第七四一号および同年六月一日受付第一五、二五二号を以て仮差押の登記を経由した。しかし右仮差押の登記は、前記原告の仮登記の後に経由した後順位のものであるから、被告会社は原告が右仮登記の本登記をなすについて承諾を拒み得ないものである。よつて原告は被告会社に対し、右承諾を求める次第である。

第三(被告安田、同小林の答弁および拡弁)

(一)、原告の請求原因中、被告安田所有の本件建物につき原告がその主張の如き仮登記を経由している事実、被告安田が原告から原告主張の金額を受領した事実、並びに被告小林が本件建物のうち原告主張の部分を占有している事実、はいずれも認めるが、その余の事実は争う。

(二)、被告安田は昭和三六年一〇月一一日、原告から金九五万円を、利息月六分の約で期限の定めなく借り受ける契約を締結し、右借受金債務を担保するため、本件建物につき原告主張の如き売買予約に基く仮登記手続をなしたものであり、なんら原告主張の如き売買予約ないしその本契約をした事実はないから、原告の本訴請求は失当である。

仮に被告安田において、原告に対し本件建物の明渡および所有権移転登記手続をなすべき義務があるとしても、原告は被告安田に対し前記の如く金九五万円を貸与すべき義務を負担し、両者の債務は同時履行の関係に立つべきところ、原告は被告安田に対し未だ金二五万円の貸与をしていないから、被告安田は原告から右金二五万円の交付を受けるまで、自己の右義務の履行を拒否するものである。

(三)、また被告小林は被告安田の承諾の下に本件建物を占有しているのであるから、被告小林に対する原告の請求も失当である。

第四(被告会社の答弁および主張)

被告会社が本件建物につき、原告主張の仮差押決定に基き原告主張の如き仮差押の登記を経由している事実は認める。その他被告会社の主張は、前掲被告安田の(一)(二)の主張に同じ。

第五(被告らの抗弁に対する原告の認否)

被告ら主張の抗弁事実は争う。原告は被告安田に対し金員貸与の約定をした事実はない。本件売買は単純な売買取引であり、被告ら主張の如き担保の目的に出たものではない。

第六(証拠関係)≪省略≫

理由

第一(本件売買予約の成否およびその性質)

本件建物が、もと被告安田の所有に属し、右建物につき原告がその主張の如き売買予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記を経由していることは、当事者間に争がない。

しかして右事実と、≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(1)  被告安田は、昭和三六年一〇月一一日原告との間に、本件建物およびその敷地五三坪を原告主張の約旨で原告に売り渡す旨売買の予約を締結し、原告は右契約に基き本件建物につき前記の如き所有権移転請求権保全の仮登記を経由したものであること(なお本件建物の敷地五三坪は、当時被告安田が農林省から売渡を受ける予定になつていたが、登記簿上、農林省の所有名義であつた関係上、原告は右土地については登記を受けるに至らなかつた)、

(2)  ところで右売買予約は、当事者の経済目的においては純然たる売買取引ではなく、次に述べるとおり担保の目的に出たものであつたこと、すなわち

原告は昭和三六年一〇月一一日被告安田との間において、貸付元金の限度は九五万円、利息は一ヵ月六分の約定で被告安田に金員を貸与すべき契約を締結し、その際、被告安田の借受金債務を担保する目的で、本件建物およびその敷地につき前記の如き売買の予約を締結したものであること、

(3)  しかして原告は右金員貸与の契約に基き、昭和三六年一二月二七日までの間に、手付金および売買代金内金の名義で合計七〇万円を被告安田に交付したものであること、

以上の事実を認めることができる。原告本人(第一、二回)および被告安田本人の供述中前段認定に牴触する部分は採用し難く、その他本件に顕われたすべての証拠によるも、前段認定の資料に供した証拠と対照するときは、未だ前段の認定を覆えすに足りない。(原告は前記売買予約は純然たる売買取引を目的としたもので、なんら担保の目的に出たものでない旨力説するが、以下の資料と対照するときは採用し難い。すなわち、(イ)原告本人尋問の結果((第一回))によれば原告は昭和三五年末頃まで正式の許可を得て金融業を営んでいたものであることが認められ、他面(ロ)本件建物は、従来から被告安田が生活の本拠としてこれに居住していることが弁論の全趣旨から明らかであるところ、本件においては原告が本件建物の買取を必要とすべき格別の事情があつたようなことを認めるに足る資料がなく、また(ハ)前記甲第九、第一六号証によれば、本件契約においては、被告安田が一定期間内に買戻をなし得る旨の特約があつたこと、および本件契約による被告安田の義務履行期限は当事者の協議により延期し得る可能性があつたことが認められるのであり、以上(イ)(ロ)(ハ)の事実と、前掲乙第一ないし第三号証および被告本人尋問の結果を総合すれば、本件売買予約は、前段認定の如き担保の目的に出たものと認めざるを得ない)。

第二(本件売買予約の完結および被告安田の義務)

(一)、次に≪証拠省略≫によれば、

その後被告安田は、当初本件契約で約定した売買の履行期たる昭和三六年一一月一〇日を過ぎたのちも、約旨に反し本件建物に対する住宅金融公庫のための抵当権設定登記の抹消登記手続をなさず、かつ本件土地建物につき原告のため直ちに所有権移転登記手続をすることが困難な状態(すなわち建物については被告安田の権利証がなく、土地については登記簿上、依然農林省の所有名義になつていた)の侭推移していたが、昭和三六年一二月二七日被告安田は、原告との間に本件売買予約の完結をなし、かつ原告に対し履行の猶予を求め、同日以降昭和三七年一月二一日に至るまでの履行遅延による損害金を支払つた上、右昭和三七年一月三一日限り原告に対する所有権移転登記および明渡の義務を履行すべき旨約束したこと。

以上の事実が認められる。原告(第一、二回)および被告各本人の供述中、右認定に牴触する部分は採用し難い。

(二)、しかして右認定の事実によれば、被告安田は遅くとも昭和三七年一月三一日限り履行遅滞に陥つたことが認められるから、被告安田は原告に対し、右売買契約に基き、本件建物につき前記所有権移転請求権保全の仮登記の本登記手続およびこれが明渡をなすべき義務があると共に、昭和三七年二月一日以降右明渡ずみに至るまで賃料相当の損害金を支払うべき義務あるものといわなければならない。しかして当裁判所は鑑定人村島穣の鑑定の結果に照らし本件建物の相当賃料は一ヵ月金一万円を下らないものと認める。

(三)、次に被告安田の同時履行の抗弁につき判断する。

前記売買契約に基く被告安田の登記義務および建物明渡義務は、本来、原告の代金九五万円の支払義務と同時履行の関係にあつたことは、もちろんであり、しかも右代金のうち金二五万円については未だ現実の支払がないことは原告の認めるところである。原告は右未払代金二五万円の債務につき、反対債権による相殺を主張しているが(前掲原告の請求原因(四)参照)、前記第一において認定したとおり本件売買予約は担保の目的に出たものであるから、前記第一認定の事実関係の下においては、原告の代金支払義務は、実質上、消費貸借の予約に基く金銭の貸付交付義務に外ならないものというべきである。しかして、かかる金銭の貸付交付の義務は、通常の金銭債務と異なり、現実に金銭を交付するのでなければ目的を達し得ないことは性質上当然であるから、かかる義務は、貸付義務者において相殺をなし得ないものと解するのが相当である。(大判大正二・六一・九、民四五八頁の趣旨参照。尤も原告主張の反対債権については原告が別訴で訴求するを妨げないことは、もちろんである)。それ故、原告の相殺の主張は採用できない。

なお被告安田が遅くとも昭和三七年一月三一日限り履行遅滞に陥つたことは前説示のとおりであるが、(したがつてその後は前記のとおり損害金支払の義務を免れない)、しかしかかる場合においても、被告安田は、原告の本件登記請求および建物明渡の請求に対しては引換給付の抗弁をなし得るものと解すべきである。(大判昭和六九・八・新聞三三一三号の趣旨参照)。したがつて右登記手続および建物明渡義務の履行については、原告が金二五万円を交付するのと引換になすべき旨の被告安田の抗弁は理由あるものというべきである。(ちな、みに、右二五万円は前述のとおり実質上、消費貸借の予約に基く貸金であるけれども、原告は本件売買予約の完結により担保物の所有権を取得したのであるから、将来右売買が解除される等特段の事情のない限り、被告安田は右二五万円を返還すべき義務はない)。

第三(被告小林の義務)

被告小林が本件建物のうち原告主張の部分を占有していることは、当事者間に争がない。ところで弁論の全趣旨によれば、被告小林は被告安田の同意を得て右建物の占有をしていることが明らかであるから、原告の本登記手続が完了するまでは被告小林は右登記の欠缺を主張し得る第三者に該当するものというべく、したがつて原告が所有権移転の本登記手続を終つていない現在においては、被告小林は原告の所有権に基く本件建物の明渡請求に応ずる義務はない。他面、原告は被告安田に対し本訴において所有権移転登記手続を請求しているのであつて、右請求は究極において認容されるべき関係にあることは、前説示に照らし明らかであるから、将来原告が右本登記手続を完了した時においては、被告小林の占有は原告に対抗し得なくなる結果、被告小林は原告に対し本件建物の明渡をなすべき義務を免れ得ないものというべきである。(東京高裁昭和三六・六・二八判決、下民集一二巻六号一四五一頁の趣旨参照)。

第四(被告会社の義務)

被告会社が本件建物につき原告主張の仮差押の登記を経由していることは当事者間に争がないから、被告会社は本件建物につき登記上利害の関係を有することは当然である。ところで本件建物については原告の所有権移転請求権保全仮登記がなされており、原告は金二五万円の交付と引換にこれが本登記手続を請求し得ることは前説示のとおりである。しかして前記被告会社のための仮差押の登記は原告の右仮登記より後順位のものであるから、被告会社は、原告が右仮登記の本登記手続をなすにつき承諾を拒み得ないものといわねばならぬ。(不動産登記法一〇五条一項、一四六条一項参照)。

第五(結び)

上記説示のとおりであるから、原告の本訴請求は、主文第一ないし第五項の判決を求める限度においては正当であるが、その余は理由がないから棄却すべきである。よつて訴訟費用につき民訴第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 土井王明)

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